Wednesday, April 4

堀潤×朽木誠一郎 「『伝わらない時代』の伝え方 – なぜ、こんなにも伝わらないのか」 『堀潤の伝える人になろう講座』 『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』刊行記念

久しぶりに下北沢は、Book and Beer行ってきた。

今日は、

2018/04/03 Tue
堀潤×朽木誠一郎
「『伝わらない時代』の伝え方 – なぜ、こんなにも伝わらないのか」
『堀潤の伝える人になろう講座』
『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』刊行記念
3月にジャーナリストの堀潤さんの新刊『堀潤の伝える人になろう講座』(朝日新聞出版)、医療記者・朽木誠一郎さんの著書『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方 』(ディスカヴァー・トゥウェンティワン)が発売されました。

『堀潤の伝える人になろう講座』は、情報の受発信スキルを学ぶ堀さんの人気講座を書籍化したもので、NHKを飛び出して独自のニュースを発信し続けるSNSの達人がそのノウハウを公開した一冊です。

『健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方』は、「WELQ問題」をはじめ、「ネット時代の医療情報との付き合い方」というテーマで著者が取材を重ね、なぜ健康・医療に関してウソや不正確な情報、デマが発生しやすいのか、それらから身を守るために今私たちにできることを紹介した一冊です。

今回はこの2冊の刊行を記念して、トークイベントを開催します。

マスメディアとネットを縦横無尽に駆け巡りながら、伝える人講座に取り組む堀潤さんと、ネット時代の医療情報との付き合い方を専門に取材する朽木誠一郎さん。

同時期に書籍を発売したお2人が、この情報が正しく伝わりづらい時代に、いかに正しい情報を伝えるか、その方法について話し合います。

【出演者プロフィール】
堀潤(ほり・じゅん)
ジャーナリスト・キャスター。1977年、兵庫県生まれ。NPO法人「8bitNews」代表。立教大学/文学部ドイツ文学科/卒業。2001年、アナウンサーとしてNHKに入局。岡山放送局、東京アナウンス室を経て、2013 年4月フリーに。現在は『モーニングCROSS』(TOKYOMX)キャスター、『JAM THE WORLD』(J-WAVE)ナビゲーターを務めるなどレギュラー多数、『毎日新聞』、雑誌『VERY』、『anan』ほかで連載を持つなど幅広く活動中。

朽木誠一郎(くちき・せいいちろう)
医療記者。大学在学中にフリーライターとして活動を開始。卒業後はメディア運営会社に入社、Web編集者として勤務する。オウンドメディアの編集長を経て、フリーに。ノオトの記者・編集者を経て、現在は、BuzzFeed Japan編集部に所属。

この両氏の対談があったためである。

元NHKの堀潤さんはちらちらとお名前を拝見していたし、
とくにこの対談のタイトルがしびれたのでビビッと申し込んでしまった。

面白かった。

朽木さんも同年代ともあり、40代のちょっと兄さん的
堀さんとの掛け合いが、なんとなく、身近であった。

お二方ともジャーナリストということもあり、
広告代理店で働く身からしてみれば、実は近くて遠い存在で、
彼らが語るメディア論は、新鮮であった。と同時に反省でもあった。

結局、広告サイドからは、メディアと言えば、
認知獲得であり、理解獲得であり、あくまで枠発送であったからである。

とはいえ、メディアの役割というのは、本来、
中立性を重んじ、社会の監視役として公正なる「報道」を
志すものとして誕生した民主主義において大切な役割を担った機関である。

このことを普段の業務の中で、ほとんど意識していなかったというのは、
なんとも惨めと言うか、恥ずべきことで・・



私はマーケティングセクションでプランニングを担当していることから、
いつも市場的確からしさと、演出との間を行ったり来たりする。

この点、おこがましいけれども、
情報をあるひとつの形として提供する(しなければならない)
メディア人とも通づるところがあるなぁと、ふと思った。



レポーターとジャーナリストは違う。
レポーターは状況をそのまま生のままで届けるが、
ジャーナリストは前後関係を分析し、(解釈を持って)届けるということについて
改めてふれて、
マーケティング的ストーリーテリングとふと共鳴するところがあった。



私がふたりのジャーナリスト論をかりに感じたまま言葉にするならば、
「自分を完全体だと思わず、またさらに情報さえも明日には更新されるものだと思いながら、今日の最善をつくしたひとつの答えを残す作業を連綿と続けていくこと」
なのかなと思っている。

非常に柔軟だなぁと思う。何が正しいかは、その都度(時代や受け手など)変わるから、
その都度、対話が必要なんだという朝令暮改のやわらかなジャーナリスト論にふれることができた。

これは良い経験であったと思う。

ジャーナリストだからっておごるわけではなくて、常にバランス感覚を持つことを意識して、過度に”正しさ”を語りすぎてやしないかを意識しようとしていたという点も、大変興味深かった。

この点、「大きな主語を使わない、なるべく小さな主語を使う」ということにリンクした。

大きな主語というのは、例えば、「福島は、とか、被災地は、とか日本は、韓国は、中国は、社会は、とか・・・」そういうやつで、
これで会話しているとなかなか煮えないということであった。

たしかに・・。

「被災地は、・・・」では、被災地の人は被災地と思ってない人と、被災地と思っている人で賛否を生んでしまう。

ところが、
「○○駅前の、居酒屋経営○○○さんは、・・・」といえば、その先を想像できる。

この焦点を精度良く合わせることが情報を伝えるにあたって、非常に大切なことなんだって知った。

たしかに、自分に置き換えてみれば、
「90%の人が・・・」っていうときと
「この間のインタビューのAさんが・・・」って説明したときの、
グリップ感が全く異なることを思い出す。



あと、
“自分で”作ることから始めるのが改革なのでは。自分で火さえ起こしてない人間は、何も変えられない。どんなに小さなことでも、自分で作ってみることから始める。「自分の持ち場で、小さな手に乗るようなことから始める」を続ける。
というのもかなりぐっと来た。

この直後、汐留に転職した同僚から電話あり、
彼はかの巨大企業で文字校もしているといい、
それでこそ、仕事だ!と思った。
そして実に、得意先からその点で喜ばれているらしい。

とても素晴らしいことだと思う。

仕組みとか、枠組みとか、なんとも中身が伴わない議論がなされがちな会社組織の中にあって、手の届く範囲のものごとに120%取り組むことがいかに大切か、改めて身にしみて思う。

ここに志をおいて手の届く範囲を薄めていかないこと、過度にリーチを広げすぎて、自分を削りすぎてしまっては、それこそ売り物がなくなるということである。

しかし、汐留から電話をくれた彼はタイミングが良い。
(電話もこの会が終わったまさにそのタイミングで鳴ったし、そして話した内容もこの講演に共鳴した)

なぞに運のつよき不思議な男だと、常々おもう。