Tuesday, January 30

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書) - 河合 雅司

会社でのプロジェクトの参考になるかと読んだ。

タイトルの通り、年表形式で進む可能性の列挙が非常にわかりやすかった。

しかし、いずれもやはり暗いニュースばかりで、
著者も結びに書いてあるが、
現役世代がそれをどれだけ明るいものに変えていけるかそれ大事とリアルに思った。

内容もさることながら、
著者が大学(だったか中学・高校だったか忘れたが)の講義にお招きされたときの
学生のリアクション
「大人たちは何か大事なことを隠している気がする」
にははっとさせられた。

これは、あらゆる場所や
あらゆる世代間に対してもなんというか当てはまるというか、思った。

たとえば、
会社で言えば、
大人=役員
学生=社員
だろうし・・

国で言えば、
大人=議員・官僚
学生=一般国民
だろうし・・

不都合な真実にはフタをして、
何か大切なものに気付かされない工夫を
どうにか施されているのが社会というものかとも思った。

切ない。

1分間エンパワーメント―人と組織が生まれ変わる3つの秘訣 - K. ブランチャード

星野リゾートの星野社長が熱烈におすすめしていたので、
読んでみた。

会社を現場からもっと良くするにはという課題を感じていて、
ふと手にした本だ。

本書は、3つのポイントから企業改革をといている。

1 正確な情報を全社員と共有する
2 境界線を明確にして自律的な働き方を促す
3 階層組織をセルフマネジメント・チームで置き換える

とても80年代に書かれた本とは思えないが、
読み始めから上記の3ポイントを見せられては、
興奮しないわけがなかった。

というのも、現在、営業をリーダーにストプラ・プロモーションで
3人チームを中心に稼働していることが多く、
よくチームでポイント3だけではなく、1、2の事柄についてもよく話していたからだ。

とくに(3月に辞めてしまうが・・ほんとうにさびしい)営業が
こうした話をよく得意先の行き帰りでする。

かれは、本当にチーム運営や人を活かすことに長けた才能の持ち主なんだなぁと
改めて感服する。

これの抜け漏れのない愚直な実行が、
実を結ぶことを、星野社長もおっしゃっており、
うちの経営者にも是非とも読んで実行するためには、
何が必要かを一緒に考えていきたいと心から思う。

まずは、自分の直属の上司や別のファンドで取り組んでいる同僚に、
おすすめしてみた。

読書による、陶酔は良くないが、
それをもとに熟考することと、対話することはとても価値があるとおもう。

こうして、改めて読後に感想や考えをまとめ、
響いたところを回顧できるようにするのも、また良いのかなとも思う。

Saturday, January 27

『SCOOP!』予告

撮って(SHOOTIING)
撃たれて(SHOOTING)
皮肉なメッセージもある映画であった。

Sunday, January 21

冬の昼下がり

ふと思い立って、CONTAX Tで久しぶりに写真を撮った。

土曜日の午後。

もう冬の陽が角度をつけてきた頃合いだった。

自宅から少し離れたところからの下り坂。

景色が移ろいで行く様子を1枚ずつ撮ってみた。






Monday, January 15

野毛 第一亭

横浜住みの先輩から怪しげ(失礼)な、
中華屋を激推しされたので、往訪。

パタンというなぞな麺がうまかった・・
冷たい太めの中華麺+ねぎ+にんにく+ごま油+塩タレ?
的な味。

これまでに体験したことのない味。

スープ付き。

味が濃いのでビールがえらく進む。

しかし、こうやってなんたるかわからないもの
でもおいしいものを食べているときの
味覚の研ぎ澄まされる感覚よ。

好き。


いのちを呼びさますもの —ひとのこころとからだ— - 稲葉 俊郎

博報堂ケトルの嶋浩一郎さんがやってる
下北沢のブック&ビアの定期イベント告知で知った。

すぐれた芸術は医療であると、
お医者さんの著者が語るふしが、
気になった。

最近、会社で身辺が騒がしくって、
こういうときに本を読んでこころを整えようとしていた。

気になったものを選びながら、
ビジネス本、人文、哲学、禅、と歩みをすすめる中で、
自分と自分が置かれた環境をどう見つめるか、
そういうことに、(大げさに言えば)生きるヒントや、
あと、今後の社会だったり、仕事上での提案のヒントが詰まっているような気がしていた。

著者ブログも拝見すると、
大変読書も好きな方のようで、
ご自身の専門である「医療」やおいたちから感度が非常に高い「いのち」について
いろいろな視点から考えられた点は、
生の探求者たるすごみを感じた。

わたしも、外との向き合いも大切にしながらも、
もっと内との向き合いの機会もぜひ大切にしたいと
思った。

1回読んだので、
あらためて知のたびに出て、
そうして、また戻ってきて、
もういちど、読んでみたいと強く感じた1冊であった。


大学の先輩である坂口恭平さんと高校同級生であったり、
宇多田ヒカルさんのファントムへの眼差しだったり、
共通点もあってちょっと驚きと嬉しみがあった。


そういえば、
会社で企画書を書いているとき、
トランスっぽくなって、
いろいろな風景が溢れてくるというか、見えるときが昔からある。

それは、過去に行ったことがある特定の場所だったり、
全く知らない風景だったりするんだけど、
もしかしたら、脳が夢見ていたりするのかなと思った。

この著者の本を読んでいる時も実はこの風景が見えてきて、
なぜだか神田須田町からお茶の水に上がっていく夜景を行ったり来たりした。

自分の中に目をこらして、耳をすませないと、
こういう「気づき」ってない。

大切にしてみるのも面白いかも。


視覚と聴覚について、
おもしろい解釈があった。

職業柄、どうしても双方を活用することがあるので、
今後のために忘備録的に書いておくと、

視覚は全体から詳細へ向かうのに対して
聴覚は詳細から全体へ向かうということ。

ポイントは、両方が時間軸を持っているから、
すべてのタイミングで補いながら、
ひとつのストーリーを印象的に紡ぐ可能性が無限大ということに気づく。


22日のイベント楽しみ。
またイベントを通して気づくこともあるだろうし、

やっぱりちょっとしたらぜひ帰ってきたい1冊であった。


Sunday, January 14

gifted

観た。

よかった。

「i am sam」の再来かといった風情であった。

リアル愛。

ズートピアのベルウエザーさん(声)は、
今回は先生役で登場。

Wednesday, January 10

Amsterdam in Omotesando

表参道の路地裏に、
アムステルダムみたいなライトあった・・

飾り窓みたい。。



Sunday, January 7

新訳 弓と禅 付・「武士道的な弓道」講演録 ビギナーズ 日本の思想 - オイゲン・ヘリゲル

小手先のテクじゃなくて、
弓道を通して禅についてたどり着いた師匠というのは、
すごいなぁと思った。

自我をすて無心になり、
自然への畏怖というかそういう大きな何かについて
思考を巡らせることでの気づきみたいなものが、
禅の真髄なのかもなと思った。

そしてこの名著が名著足らしめているのは、
西洋という極東日本文化の対局にある学者の目と感覚を通して
圧倒的客観性をもって、描かれていることにある。

結構バシバシ師匠に質問している感じで書かれている。

もし日本人の弟子だったらこんなバシバシ質問できず、
やっぱり余白を読むというか、慮る(忖度)する文化に馴染んでしまっているから、
どうしても師匠との関係がそれでは理想形ではないなぁと、躊躇してしまうことだろう。

「それ」にされるようにし、自己を埋没して、
環境と一体になるというところで
佇むことで、何かいろいろなものごとを考えるヒントなのかとも思った。


大戦の少し前の時代に書かれたようだが、
その後、日本とドイツが歩む運命を知ると、
なんとなく切ない。

時代背景を鑑みるとき、
もっと深い師弟のドラマが見えてくるんじゃないかなっておもった。

***

師匠は最初の課題を、弟子を早く芸道者になるよう目覚めさせようとするのではなく、技が素晴らしく出来る人を育てることに置いている。この師匠の意図するところに、弟子は倦むことなき熱心さによって添おうとする。弟子は、まるでそれ以上何も要求されていないかのように、愚直なまでの没頭を課せられているようであるが、何年も経って初めて、自分が完全に使いこなせるようになった形は、もはや束縛とならず、自由になるという経験をするようになる。弟子は日に日に技術的にも苦労なくあらゆる勘に従って行えるようになっていき、また、心をこめて観ることによって、勘が働くようになれる。たとえば、筆を持つ手は、精神が形を取り始めるまさにその瞬間、頭に浮かんできる勘に従って描いているので、結局のところ、弟子にとっては、作品は、精神か、筆かどちらかが生み出したのかはわからないのである。

***

ここに、かの「武士道的な」精神の根があります。日本人がこの精神を彼らの独自性としているのは正当なことです。その最も純粋なシンボルは、朝日の光の中で散りゆく桜の花です。静かに、内面の揺らぎもなく、自らを生存から解き放つことができること、これは、その終わりが始まりへと入っていく、あらゆる存在の、唯一ではないとしても究極の意味を実現し、露わにするのです。

***

「無私」の態度は、「自己」存在という西洋の文化とは違って、日本人の精神生活を、看過することなく特徴づけているものですが、かんたんに仏教の成果だと見ることは出来ません。その根は、第一に日本人の「民族精神」に見るべきであり、自然と歴史に規定されており、仏教徒関係を持つ以前の時代にすでに力を持って広がっていたものです。仏教が、その影響を及ぼし始めた時、一つの重要な足場が早くも仏教に保証されていたのです。日本民族は、仏教に自らに相応しいものとして、精神的に自らに親和性あるものとして見たに違いありません。そして、この自然に目覚めた日本人の存在様式の根本的な特徴が仏教によって是認されるのを見た上で、それ以降、意識的に依然としてある態度をより深めていくということだけが残っていました。もちろんこれだけでも十分に大きな意味のあることですが。

***

リーダーシップやマネジメントに応用できる考えというものはないか・・。

師弟というのは、ひょっとすると悪いことに陥りがちな蛸壺みたいに語られがちだけど、
どうもそれで片さないほうが良いし、
あと、禅的思想をもって、無私の中に、得意先貢献を想うことも
何かヒントになるのではないかと思ってしまう。

Saturday, January 6

FIKA - Swedish Coffee Break

ペーパースカイのフィーカの記事から

***

「フィーカをひと言で説明するのは、すごく難しい……いろんな意味合いを含んでいるからね」。
フィーカって何? とよく訊かれるスウェーデンの人たちは、その問いにたいていこう応える。直訳すると「お茶の時間」であるフィーカは、彼らにとっては言葉というよりも文化そのもの。多くのニュアンスを含んでいて説明が難しいけれど、この国のことをフィーカなしには語れない。ずっと昔から人々の生活に組み込まれてきた慣習であり、どこかアイデンティティのようでもある。そして、誰かがこの言葉を口にするときにはいつも、とてもいい空気が流れた。

***

このフィーカの真意を完全には翻訳できないってところが
ぐっと来た。

本当は、外国の言葉ってそうなのかも。

文化を背負っているから。

つまり「体験」しない限りわからないし、
そこには、時間が必要ってことなんだろう。

100年物語を紡ぐ

自分で書いた忍城の記事読んで思い出したのだが、
これはまさに、どこかの会社の戦略に似ているなぁと・・

そして、本丸が広場であり、
単に木が茂るだけの場所というのは、
なんとも考えさせられる。

忍城は、豊臣軍の水攻めでも
落ちなかった。

浮城として名を馳せ、
生き残った。



ふと、
自社の中長期戦略に触れた・・



この会社も良い生き残り方をするべきだと思った。

「良い」残り方しか、生きる道はない。

自分たちのことはもちろん
得意先のブランドや企業・経営が
どうあるべきかをきちんと考えられる
そういうしなやかに強い小さなチームによるハニカム構造を
作りたい。

これから重厚長大な経済体と身近で小さな経済体を行ったり来たりする
時代が来る。

きっとここで、多くの人が戸惑う。

なぜなら、経済成長前提で生きてきたからこそ、
そして成長を前提とした社会の仕組みを作ってきたからこそ、
本当にシフトしていってよいのか、そしてシフトするにはどうするべきなのか、
そこに躊躇が生まれるからだ。

ここにこそチャンスが生まれるのではないかと思う。

つまり、
・量から質へ
・薄利多売から高利益体質へ
・過重労働から適切労働へ
・労働集約から知的生産へ
・物質的欲求から自己実現欲求へ
・金から幸(さち)へ
こういうダイナミックではないが、
本当の意味での人間的ありかたの追求が徐々に打ち寄せる波打ち際で、
根源的な価値の見直しと、その研磨が必要となるということだ。

こうした変化の中には、必ず具体的な施策が伴うし、
そして何より、客観的な視点が必須となる。
加えて、外と内の巻き込み力も大切だ。

このドラスティックな変化の萌芽はすでに見えている。
「働き方改革」という言葉が、これまで声高に叫ばれていることを見れば明らかだろう。

テクノロジーの発展も手伝って、
柔軟に姿かたちをバージョンアップさせられた企業こそが
22世紀へ続く100年物語を紡ぐ権利をえられると思う。

この着眼点で、われわれは
あるべき姿(BE)を提示し、
そのためにすべきこと(DO)を提案し、
着実に遂行(CAN)&サポートしていくことが求められる。

そして小さなチームで小回りを利かせ、かつ強いシナジーで、
得意先組織内で駆動する歯車として機能することが肝心である。



忍城が生き残れたのは、
地の利をよみながら、
小さな構造を多重に抱える重厚長大な
城ではない、コンセプトにあったはずだ。

神田明神ご挨拶

今日は、同僚と上野に挨拶に行った帰りに、
神田明神へ挨拶して、
神田須田町のそばまつやでいっぱいやってきた。

神田明神から須田町へ向かう途中、
神田川の橋からお茶の水がちらりと見えて、
学生時代を思い出してとても懐かしかった。

お茶の水を舞台にしたグループ演習の
「駅」。

何日もお茶の水に通って
エスキスした。

その頃から、神保町~お茶の水~神田にかけての界隈というのは、
どうも何かあるなぁと気になっていて、
大学院になってからも、社会人になってからも時々
通り過ぎては、
「気になるなぁ、気になるなぁ」と悶々としてた。

今日、須田町になんと寄席を見つけた。

あとグーグルマップでうろちょろしていたら
渋い洋菓子やさんも見つけてしまった。

これは、ついにこの界隈をもっと詳しく
見るデイズが必要になってきた。


Friday, January 5

知的戦闘力を高める 独学の技法 - 山口 周

この山口さんの本は、とっても良かった。
2017年末に読んだがもしかしたら、すべりこみナンバーワンかも知れない。

金言がたくさんあったので、ことあるごとにもう一度、触れたいので、
以下載せておこうと思う。

***

テクノロジーはどうしても必然的に専門家を要請します。(中略)
もし教養という概念を科学的知識のスペシャリゼーションというものと
対立的に考えれば、勝負は見えていると思う。
それは教養の側の敗北でしかない。
しかし教養というものは、専門領域の間を動くときに、
つまり境界をクロスオーバーするときに、
自由で柔軟な運動、精神の運動を可能にします。
専門家が進めば進むほど、
専門の境界を越えて動くことのできる精神の能力が大事になってくる。
その能力を与える唯一のものが、教養なのです。
だからこそ科学的な知識と技術・教育が進めば進むほど、
教養が必要になってくるわけです。 
加藤周一他「教養の再生のために」

***

なにをしないのか決めるのは、
なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。
会社についてもそうだし、製品についてもそうだ 
ウォルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズⅡ」より
スティーブ・ジョブズの言葉

***

学びの始点においては自分が何をしたいのか、
何になりたいのかはわからない。
学んだあとに、事後的・回顧的にしか自分がしたことの意味は分からない。
それが成長するということなんです。
成長する前に「僕はこれこれこういうプロセスを踏んで、
これだけ成長しようと思います」という子供がいたら、
その子には成長するチャンスがない。
というのは、「成長する」ということは、
それまで自分が知らなかった度量衡で自分のしたことの意味や価値を考慮し、
それまで自分が知らなかったロジックで
自分の行動を説明することができるようになるということだからです。
だから、あらかじめ、「僕はこんなふうに成長する予定です」
というようなことは言えるはずがない。
学びというのはつねにそういうふうに、
未来に向けて身を投じる勇気を要する営みなんです。 
内田樹(ブログ「内田樹の研究室」より)

***

なぜメモが大事かというと、
メモが癖になると、
”感じること”も癖になるからだ。
人より秀でた存在になる不可欠な条件は、
人より余計に感じることである。 
野村克也「ノムダス 勝者の資格」

***

君自身が心から感じたことや、
しみじみと心を動かされたことを、
くれぐれも大切にしなくてはいけない。
それを忘れないようにして、
その意味をよく考えてゆくようにしたまえ。 
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」

***

抽象能力は、人間の能力の中でもとりわけ高度で、
非常に多くのイノベーションを生み出す核となる能力です。
また、コンピュータで代替することは
不可能だろうと考えられている能力です。
なぜコンピュータには代替が不可能かというと、
「抽象」という活動には、
枠組み(フレーム)が与えられていないからです。 
新井紀子「コンピュータが仕事を奪う」

***

人間のすべての知識のなかで
もっとも有用でありながら
もっとも進んでいないものは、
人間に関する知識であるように
私には思われる。 
ルソー「人間不平等起源論」

***

17年末は、仕事においていろんなことが起こって、
それで、いろいろ考えることがついてきた。

苦しいし、辛いし、よくわからないから不安だし、
そして寂しかったり、後悔はないけど、どうも振り返りがちだし、

そんな日を、自分なりに懸命に送っていることで、
情報の感度が高まっていたのかもしれない。

この本を読む中で、強く共感したり、
反対に見方を変える挑戦をしたりと、
副産物的に自分の中に、灯るものがあった。



その人にとっての強みは、自分ではあたりまえに感じてしまうもので、
自分にないものに手を出してしまいがちだが、
それでは平均点的になってしまって、だれも買ってはくれなくなる。

ある人を憎むとすると、そのときわたしたちは、自分自身の中に巣くっている何かを、
その人の像の中で憎んでいるわけだ。
自分自身の中にないものなんか、わたしたちを興奮させはしないもの。

「専門バカ」になるか「ルネサンス人」になるか

歴史は「螺旋状」に発展する。

良い戦略とは、全体として美しい音楽のような調和を持っている。

なめらかなお金がめぐる社会。 あるいは、なぜあなたは小さな経済圏で生きるべきなのか、ということ。 - 家入 一真

ジョブズなり、ゲイツなりが集まるところにおいて、
彼らは、夢を語らい合うらしい・・

お互いの会社の株価とか総資産とか売上とかどうでもよくて、
テクノロジーを活用してどう「よりよい社会・未来をつくっていくか」
そういうことを交換しあう。

いいなぁ。と思った。



重厚長大ではなくて、
小さな(でも、縮小とか退化するとかそういうことではなくて)視点で
身の回りを大切にする思考って大切。

たしか、人は年間8万ドル程度までは給料に応じて幸せ度は高まるらしいが、
それ以上になると、いくらお金が増えても幸せ度というのは高まっていかないらしい。

要は、金という尺度ではない、自分なりの幸せの尺度を持って、
きちんと身の回りに対して貢献する志を持てるかということが大切なのだと改めて思う。

感謝される営業 超ローカルビジネスの未来 - 青木 慶哉

「全力」ではなく、「最善」を。

効率化・費用対効果も大切だが、
まずは、カイシャを愛すること。ファンを増やすこと。

当たり前だけど、それだからこそ深い・・

世界最高リーダーシップ育成機関が教える経営幹部 仕事の哲学 - 田口 力

「兵の将たる器と、将の将たる器」は違う。

とは、まさに、経営というのは現場とは真逆の志向が必要になることを
イメージしていたぼくにとって刺さる言葉であった。

CAN(できること)/DO(すべきこと)/BE(あるべきこと=ありたいこと)
の、BEをキチンと考えること。

それを見つめることが大事。

Thursday, January 4

2017→2018年

年末年始の風景というのは良いものだ。

キリリと冷たい風の中で、
郷愁と高揚の間。









哲学思考

だいぶ難しかった。



とはいえ、何をすべきの前に、
どうあるべきかを考えることが、
ブランディングや、経営に似ているなぁと思った。

世の経営者がいま
あらためて
哲学を学んでいるのも頷ける気がした。