Monday, February 6

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書) | 湯浅 誠

毎度のことながら、後輩に勧められて読んだ。

貧困とは何かについて、きちんと考えたことなかったので、
いい機会になったと思う。

単純に所得ではなく、
人がそのポテンシャルを引き出せていない環境にあるのが
貧困と考えるべきというのは、目からウロコだった。
日本は「お金がなければ高い教育を受けられない」「親が稼いでくれなければ、子どもが努力しても学歴がつかない」社会である。 
特に種々の政策立案を行う議員や行政、それに広い意味での援助職に属する人たち(学校教員、ケースワーカー、ソーシャル・ワーカー、ケアマネージャーなど)には、”溜め”を見る努力が求められる。 
しかし、「効率的なもの」が勝利する社会は、必ずしも自由な競争を実現しない。その「効率」は少なからぬ場合、資本投下によって生み出されているからだ。多くの資本を投下されたものが、望ましい効率性を身にまとい、市場で生き残り、そこで蓄積された富が次の効率性を生産する。企業は国からさまざまな待遇処置を受けて、子は親から高い教育費をかけてもらって、初めて市場的な優位を獲得している。
貧困の解消として、経済的・人的・精神的”溜め”が、必要という点も、非常に同意できる点ではあった。

日頃から、せまい範囲でしかものごとを見ていないものだと痛感させれられる。
そもそも企業のマーケティング活動という事自体が、金のある者を対象にしているから、
そうならざるを得なくて、そこからハズレた人はターゲット外となっているから・・

でも、この現代日本でも貧困は確実に存在して、
そういう人を救う手を考えている人がいることを、
どこか頭の片隅に入れておかないといかんと思った。

最近読んだ、
「しゃぼん玉(乃南アサ)」や「コンビニ人間(村田沙耶香)」なんかも、
貧困というテーマで見たときに、さらに深い作品として感じられるのかも。