Monday, February 27

物理数学の直観的方法 〈普及版〉 理工系で学ぶ数学 「難所突破」の特効薬 (ブルーバックス) - 長沼伸一郎

昨日のワイアード記事を読んで実本を読んでみた。
というか、正確には、めくってみた。


Exit Science
その向こうにある科学 5つの出口
蔵本由紀/長沼伸一郎/北野宏明/宇川直宏/ピーター・ペジック

デカルト由来の「機械論的思考」によってドライヴしてきた近代科学は、生命や自然に本来備わっていた「複雑さ」を語れずにきた。この先科学は豊かさに満ちた「未知の世界」とどう向き合うのか? 5人の賢者に訊いた。

実際のところきちんと読めたのは、まえがきとあとがきくらいで、
一応、理工学部は出ているもののの、建築学科であることをいいことに、
必修の物理・数学はぎりぎりの低空飛行&一夜漬け、ときおり浅(朝)漬け、
最悪、漬けないという暴挙・・爆。
という、ぎりぎりの連戦練磨の私には、わかるわけもなく、鮮やかにすっ飛ばした。

高校時代の数学を教えてくれたおばあちゃんせんせい。
物理を教えてくれた若い兄ちゃん先生&おじいちゃん先生元気かな・・
と、昔の授業風景まで、目に浮かび、
懐かしい思い出と、
テスト前日の消えていなくなりたい気持ちとが織り交ざった、
淡い焦燥感さえ思い出した。

さて、本の内容(正確には、まえがき・あとがき)は非常に面白かった。

これまでの数学は、
「部分の和は、全体をあらわす」という前提のもと成り立っているが、
実は、よくよく考えてみると、もっと世の中は複雑で、
互いの要素が絡まりあい、影響しあって調和を保っているもの、
という認識を持つことがもしかしたら大切、という話だった。

この「部分の和が、全体をあらわす」という、
考え方が宗教とともに広がっていって普及したという話も、
(サピエンス全史を読みたての頭からすると)
とても興味深かった。

結局、この発想は天文学の考え方によるところが大きいそうで、
つまり、太陽と他の惑星の観測から生まれたという。
太陽系を考えたとき、太陽の引力が巨大すぎて、
他の惑星の引力が「無視」できてしまうことから、
単純にひとつ対多を説明すればよく、この場合は
「部分の和が、全体をあわらす」ことになるという。

著者が、あとがきで、
富の分配が行われないことや、
個人の幸せ(自由)の追求が社会全体の幸せにならないことなどにも触れ、
「部分の和が、全体をあらわさない」ことの説明をしている点も
本当に興味深い。

著者は、物理や数学に精通しているだけではなく、
社会に向けた眼差しに感服せざるを得なかった。

そして、結局大切な中身はよくわかっていないんだが、
たぶん”直感的?に”推察するに、まえがき・あとがきだけを読んで推察するには、
長沼さんが、数章で積み上げた丁寧な直感的方法の中で、
物事の本質をつかみ、
結局は、本全体を通して、それぞれの関係性全体を把握することが、
重要だ、と言っているのではないかと思った。

単純化できないことがわかったからには、
さまざまな学問を一人の頭で処理をしなくてはならない、
そのための思考のヒントにしてほしいという、
あとがき末尾の言葉にもおそらく、これが滲んでいるのではなかろうか。

仔細まで、理解することができず、
一夜漬け体質を悔やむばかりである。


著者について、よくよく調べてみると、
早稲田大学理工学部卒、院中退であり、
まさか高校も学院卒。
同じような、経歴を持っていることを知り、
非常に親近感が湧いた。

とはいえ方や、若干26歳で物理の分野でヒット本を書ききった
すごい人であって、そこはまったく親近感はわかないが、
たしかに、友達の中には、
同じような、鬼才もいたものかと、
また、ここでも懐かしい気持ちになった。

著者紹介のHP(立ち上げは著者と親しい方?)は、まるで森見登美彦の世界観(早稲田版)を
地で行くような人で、経歴なのにもかかわらず、
ちょっとした小説を読んでいるような気にさせる、プロフィールで、面白かった。

しかし、ネットがない時代に、自費出版の本ひとつに、
すべてをたくすとは・・そこも含めてやはり鬼才や・・


きっと長沼さんも、
「自分なりの世の中への眼差し」をもっていたから、
流されずに、
”直感”的方法を見出したのに違いない。

自分はどう考えるか、
それはなぜなのか、
自分の感覚を研ぎ澄まして、
複雑怪奇な世の中に立ち向かう意志が大切と、思った。