Tuesday, March 1

寿司屋から考える伝統vsテクニック

15日放送の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)で、ビートたけしの意見に厚切りジェイソンが異論を唱えた。 

番組では、短期間で技術を習得する寿司養成学校「東京すしアカデミー」と、修行を重んじる江戸前寿司店「銀座久兵衛」をVTRで比較し、
職人の徒弟制度が必要か否かを討論した。

銀座久兵衛では修業年数で扱う魚介類が異なり、マグロに触れることが許されるのは、弟子入り8年目以上のベテランのみだという。
一方の東京すしアカデミーでは入学してすぐに魚をさばけるなど、両者の違いが浮き彫りとなった。

厚切りは「それは自分のスキルを磨いておけば、のちにそういう立場になれることもある」と反論した。

これにたけしが「だって河岸(魚市場)に毎日顔を出さなきゃ魚の良し悪しなんか、わかんないじゃん」と意見すると、厚切りは「調べればいいでしょ?
インターネットに書いてあるでしょ?」と返答し、スタジオの笑いを誘う。

すると、たけしは「それは魚の種類。なかを切ってアブラがのってるかどうか、わかるかはぜんぜん違う」と声を大きくした。結論は出なかったが、
厚切りは首を傾げてたけしの持論に納得がいかないようだった。

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結局、寿司屋って何かを考えることだと思う。
即物的に考えれば、シャリの上にネタが乗っている食品を提供するとだけ捉えれば、
ジェイソン論が正しい。

けど、本当は、魚の鮮度を見極めて、発注して、
さばいて、下ごしらえして、・・・とか、いろいろして、寿司ができているわけで(たぶん)
技術的に相当な鍛錬が必要だろうし、それは知識としてだけで習得することは難しい。

魚河岸にもなじみは必要だろうし、
お客さんとのなじみも必要だろう。

そんなとき、徒弟制で、大将が時間をかけて、背中で見せること、
言い聞かせること、やらせること、ってのが大切になってくるんではなかろうか。

寿司は江戸前の文化の中で磨かれてきたわけで、
そこにはテクニックだけではない要素もたくさんあるはず。

こうしたことを蔑ろにしていくと、
表面だけのふかみもなんともない面白くない文化になってしまうんじゃないか。

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ちょっと前に、
すきやばし次郎の映画観た。

次郎さんの生活を淡々と描いたドキュメンタリーなんだけど、
これをみると、寿司って一言で言えないほど奥が深いものだってのがよく分かる。

皮肉なことに、これ、企画・撮影したのがアメリカ人なんだよね。
厚切りさんもアメリカ人だと思うけど、
両極を見た気がするね。