Thursday, March 24

世界幸福度

経済成長ばっかり追いかけるんじゃなくて
(成長しないと破綻する社会の仕組みをむりくり維持しようとするのではなくて)
日本も本腰入れてどうにかソフトランディングしないといけない。

Wired記事

国際連合(UN)は2016年版の「世界幸福度報告書」を発表した。
幸福度の総合ランキング(PDF)ではデンマークがトップで、その後に僅差でスイス、アイスランド、ノルウェー、フィンランドと続いている。2012年に開始されたこの調査で、デンマークは2013年と2014年の総合1位だったが、昨年のランキングでは3位に下がっていた。
6~10位はカナダ、オランダ、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデン。経済大国の中では、米国が13位、ドイツが16位、英国は23位、フランスは32位だった(アジアトップはシンガポールの22位。以下、タイ33位、台湾34位、マレーシア47位、日本53位、韓国57位、中国83位。なお、日本は2013年の調査では43位だった)。
世界で幸福度が最も低いのはサハラ以南のアフリカ諸国だ。最下位のブルンジほか、ルワンダ、ベニンなど、最低スコアをつけた最下位10カ国のうちの8カ国を占めた。残りの2カ国は紛争が続くシリアとアフガニスタンで、157カ国中それぞれ156位と154位だった。
報告書の作成者たちは、「幸福度の平等」に目を向け、人々が報告した幸福度に国内でどれほど大きなばらつきが見られるかを調査した。その結果、ばらつきがあまりない、「幸福度の平等」が最も高い国では概して幸福度も最も高くなる傾向にあることがわかった。
報告書には次のように書かれている。「最も平等な(幸福度のばらつきが最も小さい)20カ国のうちの7カ国が、平均的な幸福度の観点による上位20カ国にもランクインしている。また、最も不平等な(幸福度のばらつきが最も大きい)20カ国のうち、幸福な国トップ20位にランクインした国は、プエルトリコ(15位)を除いて存在しない。そのほとんどが、世界ランキングの下位に位置している。ただしラテンアメリカとカリブ海のいくつかの国は例外で、そこでは生活の評価と不平等(幸福度のばらつき)がどちらも平均より高くなっている」。
ただし、最も平等な(幸福度にばらつきがない)国(ブータン、コモロ連合、オランダ)のうち、幸福度20位以内にランクインしたのはオランダのみだ(コモロ連合は1975年にフランスから独立したが、頻繁にクーデターが発生しており、世界最貧国のひとつ。なお、ブータンは84位、コモロ連合は138位)。
オランダ人の幸福度の高さは、西ヨーロッパ諸国全体に共通する傾向だ。また、西ヨーロッパに僅差で続く東南アジアは、全体的に幸福の平等が最も高い(幸福度のばらつきが最も小さい)地域だ。
幸福度で最も劇的な変化をみせたのはギリシャ(99位)で、悪化する財政状態と連動して幸福度も低下している。イタリア(50位)とスペイン(37位)の幸福度も同様に、経済危機の打撃を受ける結果となった。
これに対してアイスランド(3位)とアイルランド(19位)は、どちらもここ数年で大規模な経済変動を経験しているにもかかわらず、幸福度はわずかしか低下していない。幸福度報告書には、両国は社会福祉制度が充実しているほか、「危機の際に頼ることができる人がいると答えた人の割合が並はずれて高い」ことから、こうした状況では社会的支援が重要な要因となると書かれている。
世界幸福度報告書のデータは、ギャラップ世論調査(Gallup World Poll)が世界160カ国で電話と対面式インタビューを組み合わせて収集したもの。1人当たりの国内総生産(GDP)、健康寿命、教育、雇用、メディアへのアクセス、汚職が多いかなど、あらゆることを対象として毎年調査分析を行っている。

Tuesday, March 22

Thursday, March 3

Fさんと茶@浜松町

昨日Fさんからご連絡あり、
本日、お茶させてもらった。

いろいろ気にかけてもらって、
本当にありがたい。

得意先への貢献で、
少しでも気持ちに応えられるよう
やらなくてはいけないと、
背筋が伸びた。

あと、酒代でも
返していきたい、と思った。

Tuesday, March 1

事が起こることについて

うちの会社は4月でまるっと配置が動くようだ。

新しい体制になるようで、
おじさんたちは、毎日、大忙し。

うちの部署やぼくも大なり小なり、波風受けて、
仕事の合間にヘンテコな時間を取られたりした。

なんだか、難しい話をみんながしとるなぁと思ってたりした。
しかも、ナイショ話で・・

*"ここだけの話"なんて、ここだけのはずがない・・

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いろいろと紆余曲折あった!

でも、今日思った。

結局は、体制どうのこうのでなくて、
得意先がニッコリ\(^o^)/できるかどうか
で、はからないと、(測/図)
事が起きないし、成らない、のではなかろうか、ということ。

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結局のところ、
みんなが、各々が、背負わないとだめだ! だめでしょ。

意見できる会社のお兄さん、お姉さんは
みんなことごとく背負ってるよ・・

だからなんにも背負わないで、改革だ!イノベーションだ!なんて
んなもん、絶対ない。

だって、求められてないから。

この業界の道理から外れてしまうから。

そんな絵に描いた餅は

まずないだろ。

まずいだろ。

(そもそも、こういう普通の商いのスタンスがスタッフ側に足りないんじゃなかろうか)

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明日も会社はざわざわして
まじで、超うざいと思うけど、
でも、もうどうでもいいや。

得意先と、あと社内の
信じられる
仲間のために時間と、気をつかうと決めた。

だから覚書。



(自分たちの会社のための)
改革・イノベーションはその次。
そんなもん、ついてやってくるんじゃなかろうか。

絶対そう。

絶対そうだろ。

絶対そうだから、
ぼくは明日も"ニッコリ\(^o^)/"のために
なんかやりたい。
頑張りたい。

と、思った。

ちょっと疲れた

星を継ぐもの (創元SF文庫) 文庫 – 1980/5/23 ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (翻訳)

読んだ。



前々からずっと読もうって思ってたんだけど、
なんとなく順番が回ってこなくてペンディングしていた
この小説を読んだ。

(Kindleを買ったことで、
 新しい本を読むことのハードルが下がっていいことだ)

1970年代に書かれた2030年代ということもあって、
「あれれ」ってところもたくさんあった。そこも面白かった。

たとえば、飛行機の中にテレビ電話ボックスがあって、
シートベルトサイン消えてからのそこの奪い合いとか、

インターネットの概念がないので、天気予報もその土地の情報局を呼び出すとか、

あと、当時コンピューターのインタフェースが乏しかったためか、
コードを打ち込んで操作するとか。

情報革命前夜の世の中がまっすぐ進んでいった感も楽しめた。

しかしやっぱり眼を見張るのは、その斬新なストーリー展開。
公転と自転が同期して常に同じ面を向けている月や
火星と木星の間に存在する小惑星帯といった「事実」に対して、
仮説とも言うべき物語を付加していく妙に魅せられてしまった。

この著者もThe Martian(火星の人)と同様、
本業の傍ら書いていた物語が陽の目を見たとかで、
なんだかすごいよなぁ。妄想のたまもの?
こういう着想って、パッと降ってくるのかな。

Puppy attempts to reclaim bed from cat

かわいいなぁ。

これ系のロゴってインパイアードby何なんだろう

雪 - 中谷 宇吉郎

読んだ。



雪の結晶に興味を持ち、
その分類を、工夫しながら、細かに行い、
さらには、実験を経て、どういった気象条件から結晶に違いが出るのか、
その内容まで書かれた科学の名著。

著者の探究心、創意工夫の数々に
執筆から80年近くたったいまでも感銘を受ける。

解説にもあったが、まさに「知恵の書」。



”このように見れば雪の結晶は、雪は天から送られた手紙であるということが出来る。
 そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。
 その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるこということも出来るのである。”



寿司屋から考える伝統vsテクニック

15日放送の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)で、ビートたけしの意見に厚切りジェイソンが異論を唱えた。 

番組では、短期間で技術を習得する寿司養成学校「東京すしアカデミー」と、修行を重んじる江戸前寿司店「銀座久兵衛」をVTRで比較し、
職人の徒弟制度が必要か否かを討論した。

銀座久兵衛では修業年数で扱う魚介類が異なり、マグロに触れることが許されるのは、弟子入り8年目以上のベテランのみだという。
一方の東京すしアカデミーでは入学してすぐに魚をさばけるなど、両者の違いが浮き彫りとなった。

厚切りは「それは自分のスキルを磨いておけば、のちにそういう立場になれることもある」と反論した。

これにたけしが「だって河岸(魚市場)に毎日顔を出さなきゃ魚の良し悪しなんか、わかんないじゃん」と意見すると、厚切りは「調べればいいでしょ?
インターネットに書いてあるでしょ?」と返答し、スタジオの笑いを誘う。

すると、たけしは「それは魚の種類。なかを切ってアブラがのってるかどうか、わかるかはぜんぜん違う」と声を大きくした。結論は出なかったが、
厚切りは首を傾げてたけしの持論に納得がいかないようだった。

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結局、寿司屋って何かを考えることだと思う。
即物的に考えれば、シャリの上にネタが乗っている食品を提供するとだけ捉えれば、
ジェイソン論が正しい。

けど、本当は、魚の鮮度を見極めて、発注して、
さばいて、下ごしらえして、・・・とか、いろいろして、寿司ができているわけで(たぶん)
技術的に相当な鍛錬が必要だろうし、それは知識としてだけで習得することは難しい。

魚河岸にもなじみは必要だろうし、
お客さんとのなじみも必要だろう。

そんなとき、徒弟制で、大将が時間をかけて、背中で見せること、
言い聞かせること、やらせること、ってのが大切になってくるんではなかろうか。

寿司は江戸前の文化の中で磨かれてきたわけで、
そこにはテクニックだけではない要素もたくさんあるはず。

こうしたことを蔑ろにしていくと、
表面だけのふかみもなんともない面白くない文化になってしまうんじゃないか。

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ちょっと前に、
すきやばし次郎の映画観た。

次郎さんの生活を淡々と描いたドキュメンタリーなんだけど、
これをみると、寿司って一言で言えないほど奥が深いものだってのがよく分かる。

皮肉なことに、これ、企画・撮影したのがアメリカ人なんだよね。
厚切りさんもアメリカ人だと思うけど、
両極を見た気がするね。