Saturday, January 23

完全でないとダメなスマホ

携帯電話を落としてしまった。
飲み会の席で。

さいわい本体は無事だったが、
愛用のカバーが壊れてしまった。

頑張ればまだ使えるレベルだったけど、
その痛々しい傷を見るのが心苦しすぎて、
新調してしまった。

完全でないと、
自分の使い方も雑になって、
ついには本体まで壊しいてしまいそうな気持ちになったから・・。

実際、前のiPhone5がそうだったし
大事に使っている頃はなんともないんだけど、
ひとたび傷が入ると、「丁寧に使おう」っていう意識を
その傷口が見事に邪魔してくる。

iPodが流行った時期、大学生をしてたけど、
当時の課題で、木製のiPodを作ってきた学生がいたのを思い出した。

その頃のiPodは、普通のやつもnanoも裏面が銀の躯体むき出しのやつだった。
だから使ってる内にことごとく傷がつく。
ピカピカであるべき銀の躯体についた傷は、とても痛々しく「古くなったものの味」なんかでは
カバーがしきれないくらい、きたない・・

結局みんなそういう意識をiPodに持ってて、
必ずと言っていいほどケースに入れたり、フィルムを張ったり、していた。

課題の内容は忘れたけど、その答えとして、
友人が考えたのが、木製のiPodだった。
これならば、「古くなっていくものの味」がたのしめるだろうということで。

そういうわびさびみたいな、
古くなっていくことを良しとする考え方あるよな。

昔から日本では「完全」であることって、
なんか避けられてたらしい。

日光東照宮の陽明門も
わざと柱のひとつを逆さにしつらえて、
「完成」させている。

あえてそうすることで、魔除け的なものになるらしい。