Saturday, October 24

Monday, October 5

旅行

旅行って「何にもしない」をしてもいい。
(そんなコピーの広告があったような。なんとか小町・・?)

飛行機に乗るのも同じように「何にもしない」をしてもよくて、
この時間が案外好きだ。

日常生活にいると、いつどんなときでも何かをしていないとならない!そんな
一種の強迫観念が心のどこかにあるようで、手持ち無沙汰はなんだか罪のような気がする。
特に仕事の時と、晴れた休日の昼下がり。

でも、旅行(+飛行機)タイムはそうじゃない。
日常から少し離れて旅という自由だけど、束縛されているような、
曖昧な環境では、行いすべてが肯定できるようで、常にそこはかとない安心感が得られている。

「旅行をしている」からこそ、安心して
「何にもしない」でいられる。

少しくらい手足をしばって、
昼間からビールを飲むと、心が自由になっていい。


旅行中に散歩をしていて、ふと
散歩と、ウェブサーフィンは、似ているなと思った。
足を使うか、言語を使うか、の違いはあれど、
場所から場所へ、言葉から言葉へ、
興味の赴くままにホッピングしていく。

この人間の知識欲を満たすための探索行動に、
情報化社会のビジネスチャンスはたくさんあった。

ミシュランは、タイヤを売ろうとして、わざわざ行くべき店を★の数で紹介したし、
それにソーシャルな要素が組み合わさって、Yelpみたいなアプリが出てきたし。

これまでは、情報→行動だったけど、
スマホなんかの登場で、個人が位置情報を特定できて、
リッチな情報をどこでも入手することができるようになったために、
行動→情報も可能になった。

行動⇔情報の垣根を取り払おうとしている代表がグーグルだろう。

自動運転技術や宇宙からのウェブ提供開発に取り組んでいるグーグルを、
もはや検索エンジンの会社と思う人はどのくらいるだろう。

情報と行動が一対になって、そこにビジネスチャンスがある。
そんな連続だったんだ。そして技術がそれを可逆にした。

これから大きくなっていく現代の子どもたちは、
ウェブサーフィンから、散歩を理解するにちがいない。
「ウェブサーフィンのリアル版ね。足が痛くなるね」みたいな。

もはや、AIやIoTの進展で、ウェブサーフィン自体がなくなっているかもしれないけど・・
「情報の格差を埋め、行動を喚起する」のではなく、
より高度な「意思決定の省略」に機会がある世の中が来るのか。