Friday, January 23

中身化する社会 - 菅付 雅信

読んだ。
今の生活者に起こっている大きなムーブメントを
ざっくりととらえられる良書。


著者である菅付氏は、
どうやらメトロミニッツの一部編集(執筆?)もご担当されているよう。

以前、仕事で参考にさせていただいた
メトロミニッツ2012年11月「コンフォートスタイル」中の
三浦展氏のインタビューは氏によるものだった。


「中身化する社会」の中でもメトロミニッツ同様に、
三浦さんの「第四の消費」が詳しく引用されている。

今、さまざまな得意先に、
「イイモノ」だったり「クラフトマンシップ」の可能性を問われる中で、
正直わからないのが、

「本当に多くの消費者が、オーガニックとか地産地消とか、そういう
食における中身化に邁進していくのか?」ということ。

たしかに、一部でトレンドは見られる。
 ・クラフトビールへの注目
 ・メイソンジャーの手作り感ビン
 ・KINFORKの日本版出版や雑誌クウネルの出版
 ・鎌倉野菜や京野菜などへの注目
 ・無農薬野菜配達(オイシックスなど)の利用
 ・・・・・
などなど。

こうした「丁寧で、オーガニックで、手作り」で「イイモノ感」を演出した
コミュニケーションも見られないこともない。

でも、どうしても腑に落ちないのが、
実際こうしたアプローチは、
アタマが硬いというか、
ぶっちゃけ面倒くさいというか、
結果、日常生活には馴染みにくいのではないか、という戸惑いだ。

だからこそ、特別な時の消費になりがちなのではないかな、と正直なところ思う。

人間は、ラクな方に流れるいきもの。
だからこそ、大量生産・大量消費社会で提供された
利便性という価値は、今後もなかなか捨てられないものと考える。

その最たるものが、日常生活の中の「食」分野。
頻度が高く、考え始めたらキリがない。

イイモノを追求する姿勢がないことではないが、
それは、あくまで「非日常の演出」にとどまるのではないだろうか・・

その代わり、たとえば「日常」の食では、
お母さん(家庭)の味とか、伝統料理とか、
そういうシビアになりすぎない、「イイモノ」切り口がもてはやされると思う。

たとえば、キリンの「世界のキッチンシリーズ」とか。

どんなカテゴリーにもこうした
「中身化」のムーブメントが起こりうるのか、
そして起こる場合、どういった形で受容されていくのか、
ウォッチしていきたい。