Tuesday, December 31

大晦日 / The last day of the year

今日は、久しぶりに埼玉にある実家に帰ってきました。
木造30年の一軒家は、すきまかぜのせいなのか
かなり寒くて、きついです。

寒い寒いいうていても、
50代の両親の共感得られず、
上州からのからっ風に
鍛えられた人の逞しさを感じるのでした。

会社でちょっと溜め込んだ毒を吐いたりして、
大気汚染してしまった。
空気が美味しかったのに、
埼玉の皆さんごめんなさいネ。笑

愚痴っぽいのは良くないので、
どうにか今年中に毒を吐ききらないと、
と、思ったけど、もうスッキリしたから厄が落ちたみたいだ!
よかった。

今年も残すところあと1日。か。
厳密にはあと22時間弱。
今年はあっという間に過ぎていったな。
仕事が忙しかったというのもあるのかもしれない。

前線で、ばんばん機関銃を打たせてもらったから、
度胸と、場数が、増えてよろしい一年でしたわ。

来年は、やっぱり仕事を作ることを目標に、
楽しいプロジェクトをたくさんたさくさん提案して、
そして、芽が出たらいいかな。

あと、ちょっと処世術的なものも
もうちょっと、身につけられたらなと。笑。
がむしゃらに動くのも大事だけど、
やっぱり賢く立ち振る舞うのも、そろそろ必要かな。
そんなこと、面白くないかな。でも別に政治するわけじゃないからいいか。

楽しいことを確実に、ものにして、実現していくための
処世術だと思えばいいか。

物事は捉え方次第。

みなさま、
今年も、大変お世話になりました。
なんだかんだ言うとりますけれども、
こうして社会の構成員として、
みなさんと何かしらの関係を持てて、
それだけでも、実は幸せだったりしています。

話をするだけで幸せ、
名前を呼ばれるだけで幸せ、
笑い合えるだけで幸せ。

本当は。

そんな時間をみんなと共有できて、
かなり幸せ〜。

来年も、みなさんにとって、
幸多き一年となりますよう、
お祈り申し上げております。

Friday, December 27

納会 / Year-end party at the office

今日で(一応)仕事納めだった。
毎年恒例のフロアでの納会して、
でも今年は、もう1ラウンドのこってたりするので、
今から別オフィスに移動して打ち合わせする。

2013年は最後の駆け込み寺てき業務のおかげ(せい)で、
記憶がふっとぶかと思うくらい、終わりせわしなかった。

来年はananの占いによると、
まだ忙しさは続くらしいので、 心の平常を保ちながらも、
マイルドにがんばろう・・

取り急ぎ、お疲れである!
休んでやる!!
真剣に!!

Wednesday, December 25

Eve / 24Dec

仕事が終わらない聖なる夜!
そんなのも、たまにはいいよね~

Sunday, December 15

時代は変わった / The Times They Are a-Changin

ボスが、とあることの反応として、
「時代が変わったんだよ」っていってた。

たぶん、「昔はよかったなぁ」的ニュアンスで
言ったんだと思うけど、ぼくはちょっと違うこと考えた。

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確かに時代が変わってしまったんだと思う。
昔は年功序列で、イケイケドンドンで、
やったらやっただけ明るい未来が約束されていて、
だから、みんな些細なことは気にしなくて済んだんだとおもう。

身体に疲労がたまっても、明日の自分はもっとラクになれると思ったし、
気もちが苦しくなっても、明日はきっと良くなるって思えたし、
ちょっとくらい地球を汚したって、そんなのかまってられないし。

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今は、
ちょっとくらい頑張ったって、給料は増えないし、
長生きしたって、100%保証されないし(たぶん絶対 笑)。
あと、単純労働が安売りされるし、海外の価格競争に敵わないし。

さらに、
ニート数十万人だし、引きこもりもたくさんいるし・・
生活保護の不正受給やらなんやらで、
働かなくても、生きていけるってバレちゃったし。

「働かざるもの食うべからず」・・故事的だよ。

矛盾だらけで、
負荷をどこで発散したらいいかわかりにくい時代になってしまった。

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だからこそ、価値観をポジにしてくれるものを
冷静に見極めようとして、歩みをゆるめたり止めたりしてるんだと思う。

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ここまでは当たり前に言われていること。
でも、これを商機にしたいって思うなら、
人が求めていることにもっと向かい合わないといけない。

次に何を求めてくるか。

個人主義に収束してからの、
つながり主義的なキズナバンザイになってからの、
その先は何だ。

どんどん高尚になっていってると思うんだけど・・
自己実現とかなのかな。
人たるもの、欲求の段階には忠実のはず?

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散歩が趣味とか、
カメラが趣味とか、
自転車が趣味とか、

やっぱり高尚だよな。
気づきたいんだもんな。
毎日の生活がシアワセだって。

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子どもを見る目って変わってるのかな。
子どもって、未来だから。

Tuesday, December 10

清須会議 / Kiyosu Kaigi

先日の土曜日、
ひょんなことから時間ができたので、
三谷幸喜監督 最新作「清須会議」を観てきた。

周囲の評判が中の下くらいだったので、
どんなものかと、はじめは斜に構えて観てたけど、
私としては非常におもしろかった。

まず、俳優陣の演技。
と、それを切り取る演出の妙。

思惑が満ちたそれぞれの個性が
ぶつかる会議の場面は、まさに迫真だった。

あと、好いてもいない相手を選ぶお市の方。
複雑すぎる表情に、身の毛がよだった。

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会議前の根回しが、
現代の仕事の会議なんかでもまったく同じで、
生々しくて、泥臭くて、妙に親近感がわいた。

三谷幸喜の描き方が、
時代劇を超えて、ヒューマンドラマに焦点だった気がした。

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終盤、
羽柴秀吉に語らせた、
「新しい時代が来る、…」(仔細失念)
は、今のことを指しているのかもしれないと思った。

そして、それを語りたかったから、
このテーマを選んだのかもしれないと思った。

もう一度、ゆっくり観たい。

Monday, December 9

脱力デザイン論を読み / Nendo - Oki Sato (Designer)

松島に佐藤オオキ氏の著書
「ネンドノカンド 脱力デザイン論」借りて、読んだ。

現業に活かせるような、
たくさんいいこと書いてあった。

例えば、

アイデアは、ある日突然、空から「降ってくる」
ものでもなければ、会議室で
「絞り出す」ものでもないんです。
かといって、普段から意識的に「アンテナを張る」のも
チョット違います。 
強いて言うならば、
「フィルター」のような感じが一番近いかもしれません。
全身がフィルターのイメージです。
日常生活を過ごしていると、空気や水のように体を
通り抜けていく様々な要素があります。
その中でフィルターに「ひっかかる」、
わずかな差異や違和感が
そのままデザインの素になっている気がします。
フィルターになるべくいろんなものをひっかけるためには、
「脱力」することが一番効果的です。 
「脱力」が必要なのは、やみくもに「当たり前のこと」を遮断
してしまわないようにするためです。 
なぜなら「当たり前のこと」から
いいアイデアが生まれることがあるのです。

これ以外にも、
スピードがアイデアと完成品と
みんなの満足度を最大化する
的なことも書いてあって、それもひどく共感した。

脱力した状態(=フツーの状態)で
いることが心身ともに臨戦態勢っていう考え方が、
フィットしてよかった。

やっぱり言葉にすると腑に落ちるな。

本を読むことってそういう大切な効果があるのかもしれない。

日々の生活の中で生まれつつある
思想・概念・感性・とかそんなモヤモヤしたのを、
客観的に見つめられる良いきっかけなのかも。

あー、
結局今は情報がネットでさくさく手に入る時代だから、
辞書的な読まれ方はしないってことなんだよな。

本を手に取ることは
・自分自身の言動を見つめること
・自分自身の思想を見つめること
・自分自身を見つめること
なのかもしれない。

だからこそ、
以前紹介した言葉の意味を考える
某辞典のコミュニケーションは
”とてもいい”って思ったのかもしれない。

この場合の”いい”っていうのは、
多分時代のニーズにあっているというか、
時流にさからっていない点において
共感するということだと思う。

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話がそれたが、
佐藤オオキさんは実は学校の先輩。
面白い人ばかりで刺激的。

会ってみたい。
というか、仕事をいっしょにしたい。笑