Friday, March 15

HOUSE VISION DMから

良いことが書いてあったのでシェア。
青海で開催されているHOUSE VISIONのダイレクトメールから。

建築や都市の新たな見方が必要な時代に


これまでのトークセッションで盛んに出てきたのが、建築や都市の未来を大きなビジョンから考えるのではなく、身体に一番近いところから、または言語化できない気持ちよさや快適さの延長線上に考えるべきではないか、という話です。確かに、メタポリズムを謳った1960年代のような、戦後の復興の中でゼロから街を構築する必要があった時代とは、現在は状況が違います。また実際に、そうした大きなビジョンでは街は変わらなかったという結果も明らかになっています。今できることは、既存の街を活用しながら時間をかけて塗り替えていくことなのかもしれません。しかし一方で、小さなところから考えることや、身体の気持ちよさを追求することは、だらしがない街づくりにつながってしまうのではないかという危惧もあります。時として、東京の猥雑さや密集したスケールは礼賛の対象となります。上空から見た東京は全体としてひとつのかたちを成していて、それが美しいと言われるのです。確かに東京の夜景はきれいですが、実際に街の中を歩くと醜くい街並みに遭遇するのも事実です。築家やクリエイターは今、大きなビジョンと小さなビジョン、都市という構築的なフレームと快適さという身体性、2つの対立軸では解けない課題の答えを探求しているのかもしれません。

住み手の意識が街を変える


住み手の意識がどう高まっていくかということも、この展覧会の大きな命題のひとつです。自分の暮らしを自分で考え、そこから見えてくるものや、これまでは気づかなかったことに意識を巡らせる。それが社会全体を変えていくのではないでしょうか。作り手だけが都市や建築を議論するのではなく、使い手が自ら参加し、住まいや暮らしへの知性を高めることが未来への力となるのかもしれません。展覧会は7つのエキシビションハウスで構成されていますが、ここにすべての答えがあるわけではありません。しかしたくさんの気付きがあります。具体的に提示された空間に身を置き、「こういう暮らしもあるのではないか」と思うところから意識の変革が起こり始めるのです。そして個人の知性の集積が社会全体の知性となっていくはずです。その意識が都市や建築を変えて行くのかもしれません。是非とも多くの人に展覧会をご覧いただき、これからの暮らしをともに考え、都市や建築の未来をつくっていきたいと思います。このエキシビションハウスの向こう側にある未来を感じてほしいのです。

企業とHOUSE VISION


多くの企業の力でこの展覧会は成り立っています。日本の産業が世界からその存在意義を問われている現在、消費を煽り、物への欲望を掻き立てる時代は終わろうとしています。この国の未来に必要なものをどうつくるのか、そして豊かな時代に物を売らなければならないという矛盾にどう立ち向かうのか、それは一企業の問題ではなく、日本の産業への課題です。そしてその産業を支えるのは、他でもない、使い手でもあることを忘れてはなりません。安さではなく価値を追求することが重要です。企業は本当に暮らしに必要な物を考え提供し、使い手は自分の暮らしに必要なものや長く愛せる物を手に入れる。そうしたお互いの意識の変化が必要になります。そのために企業は連携し、特に異分野の人達が一緒になってその価値を高めていかなければなりません。暮らしに根付いた豊かさのかたちを「家」という舞台に具体化させていくのです。技術の進化はますます暮らしを便利にしていくでしょう。しかし便利さの裏側に隠れてしまう、人間が本来持っている進化の可能性を忘れることなく、その潜在能力を引き出すような技術が必要なのだと思います。技術の進化が人間の進化に繋がるような関係をつくることが大切です。そのためにも、「家」という生活者のもっとも身近なところで、可能性を議論し続けたいと思います。