Friday, November 30

時代はかわった

進学とか就職とかで目がくらんで、
若者は本質的なこと見えないことが多いのではないかな、
と、最近思う。

時代が変わって、
学歴がいいからって、幸せになれるとは限らないし、
いい会社に入ったからって、幸せになれるとは限らない。

そうした高度成長時代の神話を語って育った親世代と
定常時代を迎えた今、成長する子ども世代とで、
見えないギャップが生まれている。

何が違うかというと、幸せの尺度で、
この違いを見誤ると、矛盾に苦しみ、
こころを病んだり、ひきこもったりしてしまうのだと思う。

社会の仕組みが変わるのは、ゆったりとした流れ。
いまだに高度成長時代の仕組みがはびこる。
その仕組みを通して将来を見ても、明るい未来なんて、ろ過されてしまう。

当時は、不純物だから。
自由な生き方とか、社会制度に乗らない生き方とか。

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では、今、大事なことはどうやったら見つけられるか。

そんな時、思うのは、
「生きる」という根源的なことをしっかり見つめることが
実は大事なんじゃないか、ということ。

元来、人は生きていた。
木の実を採ったり、ケモノを狩ったりして生きていた。
その日の食べ物を得るために、文字通り必死に働いていた。

今は、モノ余りの時代だし、太古から価値観も進んでしまったから、
この、根源的な「生きるために食べる」 ことが見えづらくなっている。
ヘタしたら、一生気づかない人もいるかも知れない。

下の図を見て欲しい、
さっき新しく入手したフリーソフトで作ったマインドマップ。
これからしたら、働くことなんて、数ある選択肢の中のひとつだし、
ましてや何をしていくかなんて、さらに枝葉。

生きるために、働くことを選んでいる感がない中で、
真剣になろうとしたって、それは困難なこと。
優秀な大学、優良な企業、どれも浮ついてしまう。

”優秀な”子は、これを当たり前に順応していく子。
でも、本当にそうなのか。
そもそも優秀ってなんだ。
みんながまったく同じ方向を向いて、
自然破壊、公害、自殺、数々の問題に蓋して邁進してきたときの
価値観でものごとを見てはならない。

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ぼくは、こういう風に持てる範囲で広い視野をもって、
世の中や自分の時間と向き合って行きたいと考えている。

今、悩んで、考えて、それでも、もがき続けている、数多くの友人たちへ。
本当に幸せなことを見つけることは、
もしかしたらとても時間がかかることかもしれませんが、
ひとつの矛盾にも目を逸らさずに、正面から立ち向かおうとしている
それを、ぼくは知っているつもりです。