Sunday, November 15

美しき町

▼大学時代、とてもユニークな授業があった。
私の通った建築学科に何十年も同じ名前で伝わる授業で、
歴代の学生の感性を育ててきた。

設計演習。

週1で、課題1つに取り組む。
課題は、5名の講師陣持ち回りで出題。
各界で活躍されている人なのでそれぞれが個性的。
おのずと課題も個性的。

▼佐藤春夫の著作に「美しき町」がある。
時は明治、大富豪川崎が若き画家と老建築家を巻き込み、
一種の理想郷を、東京中央区中州(現在も地名に残る)に建設するという小説だ。

ある時の課題が、この「美しき町」をモデルにしたものだった。
先生が私たちに課したのは、この美しき町建設だった。
中州の敷地を40等分して、180人の学生が、各々好きな場所で、
建築を計画する。
町全体が「美しく」なるように。

▼小説の結末と言えば、結局美しい町は実現しない。
あるはずの資金はなく、加藤は富豪などではなかった。
一見、無惨に見える終わりだが、
結び近くに作者は、画家にこんなことを語らせる。

『…たとい世間的には生涯としては彼(老建築技師)は敗残の人であったにしても、
彼の身のまわりにはこの通りの平和があり、よき妻と、よき息子と、よき娘たちと、
孫たちと、それから窓には一羽のよく囀る鶯があり、なおもっといいことには、
彼にはその上に常に夢想してその幸福を追いまわすことの出来る題目「美しい町」まで
あったのである。』

常に、想像し創造していられることが、幸福だということだろうか。

▼私は、この授業のおかげで火曜日の夜はよく徹夜した。
美しき町計画課題も多分に漏れず、苦心した。
今、思えば、微笑ましいものだ。

同級生がそれぞれの想いを込めて、ようやく完成させた敷地を持ち寄った。
階段教室の舞台でひとつの中州を彩った光景は、今も思い出せる。
あの日、一日だけ現れた私たちの美しき町が、輝かしい。
模型も、写真も残らないが、解釈によっては、それも「美しさ」なのかもしれない。



あの、階段教室からの眺めが懐かしい。